介護への転職事例 魚屋の経験が介護士に転職した際に活きた
介護の世界は全体の約4割が転職者で構成されているというデータもある程に、異業種からの転職が多くなってきています。
介護の世界へ飛び込んだ異業種の人間から話を聞いてみました。
介護職に転職した理由
調理の専門学校を卒業して20歳から14年、鮮魚店で魚をさばいてきた男性Sさんでした。
介護に関わると言っても、高齢者に関わること自体店先で話をする程度であったそうです。
ただ、鮮魚店という事で毎日入れ代わり立ち代わり高齢のお客さんが多かったといいます。
高齢者にお刺身は高級品ですからね。
ある時、昔から来ているお客さんに「だんだんと入れ歯になって刺身も軟らかいものしか食べられなくなった」と言われたそうです。
鮮魚店では魚をその場で刺身にする事など日常茶飯事で、これも毎日依頼があったそうです。
赤身の魚は軟らかいのですが、それでも入れ歯となると噛み切れなかったりします。
Sさんはこの高齢者からいつも通り刺身をさばいて欲しいと頼まれました。
勝手な判断ではありましたが、今回に限りその刺身をサイコロ状に切って一口大として提供しました。
高齢者は帰ってからその刺身を食べ激怒したそうです。
入れ歯で食べにくくなったとはいえ、こんな注文はしていないと。
ですが付き添いで来た娘さんからはこう言われたそうです。
「父が入れ歯になった事で、年を取った事実を突き付けられました。でもSさんのように思い切って食事を変える事は出来なかったから助かりました。」
怒ってはいましたが食べやすくて全部食べたそうです。
結局これをきっかけに「調理方法を変える事で食べる楽しみが増えた」との事でした。
この高齢者は今も鮮魚店を訪れ、サイコロ状の刺身を注文しイカやタコまで食べているそうです。
毎回刺身の注文は「サイコロ状で」と言われるようになり、今も常連との事です。
Sさんはと言うと、きっかけはどうあれ「お客さんに喜んでもらえたうえに、高齢者の笑顔まで見れた」と介護を目指したそうです。
これまでやってきた調理師としてのキャリアに変化を与える程のきっかけなのか、それは個人差があるかもしれません。
言い方を変えればキャリアを捨てて一からやり直す訳です。
理由はどうあれ確かに他にも鮮魚店での仕事に不満があったのかもしれませんが、Sさんはこれをきっかけにヘルパーの免許を取得したと言います。
転職で入ったSさん 介護現場での意外な活躍
介護経験が無い事から、Sさんは額に汗しながら日々高齢者の呼び出しに奮闘しています。
やはり調理師としての経験から短髪の職人風介護士さんです。
彼のいる施設は老人ホームですが、こういった入所施設にはちゃんと調理師さんが配属されています。
ただ厳しいのが「衛生面」に関するもので、特に「なま物」を提供するのには苦労していました。
提供された日は調理師が「早く食べて」と急かしていたものです。
Sさんが来たこと、それは同時に調理師さんにとっても待望の「経験者」であったのでした。
施設内の調理師もやはり入所者に美味しい料理を提供したいという気持ちが強く、そして刺身というのもその一つでした。
ですが調理師としての経験はあっても、刺身自体の専門家では無かったこと、さらには栄養士がいる事で衛生面には余計に気を使っていました。
結局「刺身の回数が少ない」という事に繋がっていたのです。
介護現場で鮮魚士としての仕事を活かす
Sさんへある日こんな話が来ました。
「施設内での食事を楽しんでもらうために、もっと刺身を増やしたい」経験がある人間からすれば「そんなに難しい事」ではありませんでした。
それまでは調理方法や食べるまでの時間に過敏になりすぎて、刺身となるとゆっくり楽しい食事とはいきませんでした。
高齢者の食事は当然「かき込む」ような事は出来ませんし、非常にゆっくりと味わいながら食べる人がほとんどです。
刺身が出た日くらい、もっと余計に時間をかけて楽しみたいでしょう。しかも数少ない刺身なのですから。
許可を貰ったSさんが厨房に入ってアドバイスする時間が生まれました。
それを聞いて専属の調理師が刺身を作っています。
いつもよりゆっくりと時間をかけ、「急かされない刺身」の美味しさで確実に入所者の笑顔が増えました。
中には刺身の日となると早々食堂で待っている高齢者の姿も見られるようになりました。
施設内では刺身のプロですから、意外な活躍の場となったのでした。
高齢者の楽しみは少ない
仕事も定年を迎え、だんだんと衰えを感じる高齢と呼ばれる年齢となった時、趣味や嗜好も否応なしに制限されてしまうものです。
そんな中でも楽しみの一つが「食事」なのです。これが一番の楽しみという高齢者も少なくありません。
食事が人間にあたえるバイタリティは大きなものがあります。
Sさんが次に立てた計画は、目の前でさばいた刺身を食べさせてあげたいというものでした。
魚の活き作りを目の前でやってみたいというもので、当時Sさんの施設内では食事が死んでいる状況でもありました。
でもどこかで「もっと食事をよくしたい」と考えていたのも事実です。
この想いが合致した事で、半年に一回程度で魚の活き作りパーティーが始まりました。
当然主役は調理師ですが、その脇でねじり鉢巻きのSさんが構えて待っています。
Sさんにも調理の場が回ってくるので、魚をさばいたりします。
介護を通して高齢者の食を調査する
直接身体に触れる介護をしていると、当然かもしれませんがその方とのコミュニケーションは増え、立ち入った話まで出来たりするものです。
Sさんは現場で介護をしながら「本当の食の調査」を始めました。
施設ではケアマネージャーや栄養士が、食事についてアンケートなり調査なりやってくれてはいます。
そのうえで提供されている日々の食事ではありますが、やはりそれはあくまでも「形式的なもの」でしかありません。
伴って食事も形式的なものになってしまっている感がありました。
少ない回数でもなんとか「好きな物」を食べて欲しいと考えたことから、次回の刺身パーティーに活かそうと会話の中から自然に聞き出していました。
介護職員としてみれば確かに越権行為であったのかもしれませんが、この情報をもとに食が変化した高齢者も数名いらっしゃいました。
栄養士やケアマネージャーが「聞き取り」にくると、何となく言いづらい感じで高齢者も本当の要望を言わなかったりします。特別扱いは嫌なのでしょうか。
その点で普段から介護してもらっている職員がさりげなく聞き出すことで、本当の声が聞けたりするものです。
それで高齢者の楽しみが一つでも充実するならと、今もSさんは施設から任されて情報収集の役目を果たしています。
介護職に前職の経験が活きる意外な場面のお話でしたが、いかがでしたか?
確かに介護施設の求人募集に「鮮魚士募集」なんて書かれていません。これは当たり前です。
しかし介護の現場がもし「介護経験のみの人間だけ」だとしたら、本当に凝り固まった介護しか行われないと思います。
介護業界が自分の仕事を見つめなおす意味でも、介護の世界で転職者が活躍している職場はたくさんあります。
筆者も実際会合等で他の施設の幹部以上とお話しさせて頂くことは多いのですが、半分くらいは転職者であったりします。
介護経験しか無い事が悪い訳ではありませんが、他の経験がある事でもっと柔軟な発想が利くのはあながち間違いではないでしょう。